【スタッフ視点の知財ブログ(18)】
9月になりましたが、
コロナ禍により、さらに人との接触機会を減らすように
社会のシステムが変化しているように感じます。
例えば、買い物に行くと、
レジでは、
並ぶ間隔が広く定められたり、
レジを打つ店員さんとの間に仕切りが設けられていたり、
更には、店員さんの代わりに自分で精算を行うセルフレジが増えていたりしています。
そこで、今回は、
スタッフTさんにそんなセルフレジについての最近の特許的な話題を提供してもらい、
それを題材にして、特に、特許出願についての分割出願の解説をしていきます。
これを読むことで、
- 特許訴訟と特許権の関係において、特許権侵害の訴えや特許権の使用料の請求に対して、
対抗手段として、特許権を無効にする審判を請求することが行われること。 - 特許出願の分割出願には、大きく時期的な制約と分割数の制約があること。
- 分割出願の効果としては、当初の特許出願に多数の発明が含まれていることを条件として、
それを後からある程度容易に複数の特許権にすることが可能であること。
が理解できるようになり、分割出願の制度を有効活用することで、
自社の事業をより効果的に保護することが可能になります。
少しでも知財の力を活用していただければ幸いです。
「非接触による会計」で気になることは???
スタッフTです。
未だ収まりを見せないコロナ禍の影響もあって、
最近急速に普及し始めた「非接触による会計」。
その最たるものが、最近コンビニやスーパーで目にするようになってきた
「無人レジ」や「セルフレジ」ではないでしょうか。
とはいえ、使い慣れないこのシステムは、個人的には中々取っ付きにくく…
一度某大型スーパーでセルフレジを利用した際、
会計に手間取って後ろに長蛇の列を作ってしまったことは、今でも苦い思い出です・・・
そんな「少し使いにくそう」「難しそう」というイメージのあるセルフレジですが、
大手衣料品チェーン店の「株式会社ユニクロ」のセルフレジは、
従来のものとはかなり異なっているようです。
なんと、商品のバーコードを一点一点自分で読み込まなくても、
レジスペースにカゴに入った商品をポンと置くだけで、
自動で商品の合計金額を読み込んでくれるという優れものです!
これならば子供やお年寄りも、そしてこういった操作が苦手な私でも、
誰でも簡単にセルフでお会計が出来るはず。
今設置されているセルフレジもどんどんこの形式になっていけばいいのにな…
と思ったところで、特許的に少々気になるお話を耳にしました。
株式会社ユニクロが使用しているこのセルフレジ、
他の会社(株式会社アスタリスク)の特許を侵害しているとして、
現在株式会社ユニクロの親会社である株式会社ファーストリテイリングに
その会社から特許訴訟が起こされているというのです。
(ユニクロを特許侵害で訴えた下請け社長語る「ゼロ円でライセンスを要求された」(https://diamond.jp/articles/-/217080)より)
株式会社ユニクロのセルフレジは確かにとても使いやすく素晴らしいものですが、
万一そのシステムが、他社、しかもこの場合、
下請け会社の特許権を侵害してしまっているのだとしたら・・・
これは非常に大きな問題ですよね。
優れた発明が広まる事は、社会に大きなメリットをもたらします。
・・・
だからといって、
コツコツと費用をかけて発明をし、特許権を取得した権利者が利益を得られないようでは、
ただ権利者が損をするだけではなく、
結果的に将来の優れた発明の開発自体が
抑制されてしまう
ことにもなりかねません。
どのような結末に至るにせよ、
双方が納得できる形で決着がつくと良いな…
と思いながら、
今日もレジの店員さんにバーコードを読み取ってもらう私なのでした。
セルフレジ特許を例とした特許出願の分割出願の解説
特許訴訟と特許権との関係
弁理士須藤:この件は、知り合いの弁理士の間でも話題になっています。
ちなみに、
株式会社アスタリスクからは、特許情報プラットフォームで調べると、
21件の特許出願がなされています(2020年9月4日現在)。
そのうち、現在までに、株式会社ファーストリテイリングから特許庁へ
特許権を無効にするための審判(無効審判といいます)が請求された特許権が4件あります。
スタッフT:あのう・・・初歩的なことかもしれませんが・・・
株式会社アスタリスクが株式会社ファーストリテイリングを
特許権侵害で裁判に訴えたんですよね???
なぜ、株式会社ファーストリテイリングは、
無効審判を請求することができるのですか?
それと、なんか、特許訴訟と特許権との関係性がよくわかりません・・・
弁理士須藤:特許権侵害は、特許権があるから生じるわけです。
しかし、実際には特許権となっても、
その権利が必ずしも、
他人(この場合は株式会社ファーストリテイリング)の実施を制限するのに
相応しいかには疑わしい
場合があります。
このため、
その特許権で影響を受ける人(利害関係人といいます)は、
特許庁に対して、
対象となる特許権が有効であるかどうかの審判を請求できるのです。
スタッフT:だから、あの記事によれば、
最初に、
株式会社ファーストリテイリングから特許権の無効審判の請求がなされ、
次に、
株式会社アスタリスクが株式会社ファーストリテイリングを
特許権の侵害で訴えているのですね。
弁理士須藤:そうですね。
株式会社アスタリスクが
株式会社ファーストリテイリングから使用料(ロイヤリティ)を支払ってもらい、
特許権の使用許諾をするつもりだったところ、
株式会社ファーストリテイリングが使用料を払う価値がないと考え、
特許権の無効を確かめるために無効審判を請求した、という流れになっていますね。
まあ、実際には、特許権侵害で訴えられた場合に、その対抗手段として、
訴える根拠となった特許権に無効審判を請求することが多いようですが・・・。
一応、以下に、株式会社ファーストリテイリングによって無効審判が請求された、
株式会社アスタリスクの特許権に関連する特許出願を表として示します。
この表では、
特許①に対して2つの無効審判①、②が、
特許②に対しては1つの無効審判③が、
特許③に対しては1つの無効審判④が、
特許④に対しては1つの無効審判⑤が、それぞれ請求されています。
(なお、無効審判の下に記載された番号は審判番号です)
分割出願の制限とは?
弁理士須藤:実は、表に記載した特許出願はすべて、
特許①から分割された特許出願(分割出願といいます)
なのです。
なお、緑色の矢印がどの特許から分割されたかを示しています。
(下図は特許①の第1図)
スタッフT:えー、そうなのですか?
ということは、
・・・
1つの特許出願から5つの特許出願ができた
ことになりますね。
このように、
分割するのにはなんか制限があるのですか?
数に制限があったり、時期に制限があったりするのでしょうか?
弁理士須藤:分割出願には、ざっくり言ってしまうと、
以下の2つの制限があります。
- 時期的な制限:特許出願に対して、
ほぼ特許庁が手続き可能な間(これを係属中といいます)だけ分割が可能です。
つまり、概略は、特許権となる前までであれば分割ができるというイメージになります。
だから、特許出願の状態のままであれば、特許の寿命である出願から20年ぐらいまで、
特許出願の分割は可能といえば可能となるのです。 - 数的な制限:特許出願に含まれる発明の数だけ分割が可能です。
つまり、10個の発明が含まれていれば、10個の特許出願に分割できるのです。
スタッフT:なるほど、そうなんですね。
んーつまり、
分割出願がされた後に、分割の元になった特許出願が、
特許権となるのですね。
また、最初の特許出願に6個以上の発明があったので、
現状6個の特許に分割された状態となっているのですね。
分割出願の効果とは?
スタッフT:ちなみに、分割出願をする利点はなんでしょうか?
弁理士須藤:一番の利点は、元の特許出願に記載していて、
当初気づかなかった発明や当初権利化しようと意図していなかった発明を、
後から権利化できるということです。
このため、審査の過程や、実際の製品開発の過程で、
権利化しておいた方がよいと気づいた発明を、
出願後に権利化することができるのです。
なお、分割出願では、特許を与えるに妥当かどうかの審査基準の時点が、
元の特許出願の時点になるので、
別の特許出願として後から出すよりもはるかに権利化しやすいことも利点と言えます。
スタッフT:それで、
分割出願の特許出願には、
新たな事項を加えてはいけないことになっているのですね。
・・・
でないと、後からなされた別の特許出願と扱いが不公平になりますからね。
・・・
あれ?
よく見ると、上記の表で、特許⑤だけがまた権利となっていませんが、
これはどうしてでしょうか?
弁理士須藤:実は、これ以外の特許に対しては
すべて審査を早める手続きが行われていました。
多分ですが、
この出願だけは、審査を早めずに出願の状態にしておき、
無効審判や特許訴訟の状況に応じて、更なる分割出願ができるようにしているのだと思います。
このように、分割出願では、一つの特許出願から多数の特許権を成立させることができ、
その分割のやり方次第で、すべての手の内を相手に見せないようにでき、
相手の動きをうまく牽制することも可能になるのです。
その他、補足説明
スタッフT:上記の表で、ちょっと気になるところがあるのですが・・・
出訴と書いてあるところがあります。
この部分は何を示しているのですか?
弁理士須藤:実は、
無効審判①の結果(これを審決といいます)が、この8月に出たのです。
そこでは、特許①について、一部の特許権を認める結果だったのです。
このため、この結果を不服として、株式会社ファーストリテイリングは、
2020年9月1日に訴えたのです。
その事実を訴えの番号と共にここに記載したのです
(なお、この事件は、特許の訴訟を専門に扱う高等裁判所(知財高裁といいます)で
取り扱われます)。
スタッフT:となると、
この知財高裁に訴えた事件もあり、
かつこれだけ多くの無効審判もこれから行い、
さらに、ここでは話題しなかった特許権侵害の裁判も行う
こととなるのですね。
決着がつくまでに、まだまだ時間がかかりそうですね。うーん・・・
こんなに揉めずに、早く終わらせる手段はなかったのでしょうか・・・
弁理士須藤:両社とも、自社のために最善の手段をとってきたので
仕方がないのかもしれません・・・・
私も、他の方の意見と同様となりますが、今後ある時点で、両者の和解がなされるとは思ってはいますが・・
事情をはっきりとは把握していませんが、
一応、以下に私の個人的で勝手な考えを述べると・・・。
株式会社ファーストリテイリングと株式会社アスタリスクとの関係は、
親事業者と下請事業者の関係があるとのことです。
このため、株式会社アスタリスクが
下請法(https://www.jftc.go.jp/shitauke/index.html)違反の可能性を、
株式会社ファーストリテイリングに当初から想定して交渉していれば
違ったかもしれません・・
下請法では、親事業者の禁止行為がいくつか規定されています。
ですから、
株式会社アスタリスクが、交渉の中で、そのような禁止行為をするといけないことを
株式会社ファーストリテイリングに強く示し、
場合により公正取引委員会への相談を示唆することで、
使用料がゼロ円といった通常あり得ない内容を通知され、両社の交渉が決裂すること
を回避できたかもしれないな、
などと考えてしまいます。
(実は、ある親事業者の下請事業者が私のクライアントで、
そのクライアントの特許権侵害が生じたことがあり、
そういったアドバイスをしたことがあるのです・・・・)
いずれにせよ、Tさんが言うように、株式会社ユニクロのセルフレジは便利そうです。
なので、
特許権利者が損をすることなく、両社が納得できる形で、
迅速にこの特許紛争を終結してもらえれば、と願っています。
まとめ
セルフレジ特許を例とした特許出願の分割出願の解説を以下にまとめます。
- 特許訴訟と特許権の関係において、特許権侵害の訴えや特許権の使用料の請求に対して、
対抗手段として、特許権を無効にする審判を請求することが行われること。 - 特許出願の分割出願には、大きく時期的な制約と分割数の制約があること。
- 分割出願の効果としては、当初の特許出願に多数の発明が含まれていることを条件として、
それを後からある程度容易に複数の特許権にすることが可能であること。
もし、わからない部分や疑問点などありましたら、
お気軽にぜひコメントまたはお問い合わせくださいね。
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