「マツモトキヨシ」に見る氏名の商標登録の問題の解説

「マツモトキヨシ」に見る氏名の商標登録の問題の解説

【スタッフ視点の知財ブログ(26)】

1月になり、コロナ感染者がまた増えだしたようです。
また、緊急事態宣言中の生活スタイルに逆戻りするのかもしれません。
今年は、コロナ感染が収まればよいのですが、
それでもコロナ禍で身に付いた行動様式は今後もある程度残りそうです。

今回は、
スタッフTさんに、コロナ禍でよく利用していたドラッグストア「マツモトキヨシ」に関連して最近話題となった商標問題について報告してもらい、氏名の商標登録の問題について説明していきます。

これを読むことで、

  • 氏名の商標登録が原則できない理由
  • 氏名の商標登録の状況が最近変化した理由
  • 氏名を活用した商標登録の可能性

が理解できるようになります。
少しでも知財の力を活用していただければ幸いです。

「マツモトキヨシ」は、松本清さんが作った会社?

スタッフTさん

スタッフTです。
コロナ禍で何かと大変な折り、以前より頻繁に利用するようになったのが
ドラッグストアです。
その中でも有名なドラッグストア、
「マツモトキヨシ」(松本清さんが作った会社らしいです)について、少し前に話題となりました。
話題となった理由は、
「マツモトキヨシ♪」マツキヨ音商標というCMでおなじみのメロディを含んだ商標出願(右図の音商標:商願2017-007811、2017年1月出願)によるものです。

音やメロディも商標として登録できることは、
今年3月のブログでスタッフMさんが既に報告してくれた通りです(ブログはこちら)。

こちらの商標、実は特許庁に(登録はできないと)拒絶されたのですが、
今回(特許庁の結果を取り消すための)審決取消訴訟
(知的財産権を専門的に扱う高等裁判所である)知財高裁
特許庁の拒絶審決(登録はできないという審決)を取り消す判決を出し、
登録が認められた(2021年12月3日)ことで、話題となったのです。

そこでふと気になったのが、この商標が特許庁に拒絶された理由です。
拒絶の理由は、
「マツモトキヨシ」商標法4条1項8号にある「他人の氏名を含む商標」であるためとのこと。
つまり、たとえ出願人本人の名前が「マツモトキヨシ」であっても、
全国に住む他の松本清さんや松本潔さんなどの承諾が得られない限り、
この「マツモトキヨシ」を含む商標は登録できない、というのです。

でも、ちょっとおかしくないでしょうか?
私たちは、こういった他人の氏名を含む商標を今までたくさんどこかで見たことがありませんかトルソー
そう、例えば洋服ダンスの中などで!

ハナエモリ」、「ヨシエイナバ」、「ジュンコシマダ」、「タケオキクチ」、「ジュンヤワタナベ」、「ヤマモトカンサイ」、「ツモリチサト」、「ケイタマルヤマ」など…

ファッションデザイナーは、自分の氏名をブランド名に使い、沢山の
商標登録がなされてきました。

それを考えると、商標法4条1項8号の規定は、以前はそれほど厳しく運用されていなかったように感じるのは私だけでしょうか?

氏名の商標登録の問題の解説

商標法4条1項8号とは?

弁理士須藤弁理士須藤:さて、上述した商標法4条1項8号ですが、これは、
商標出願をしても登録されない商標について規定している商標法4条のなかの1つです。
具体的には、どのように記載されていますか?

スタッフTさんスタッフN:はい。
他人の肖像又は他人の氏名若しくは名称若しくは著名な雅号、芸名若しくは筆名若しくはこれらの著名な略称を含む商標(その他人の承諾を得ているものを除く。)
と記載されています。
この意味は、上述したように、出願人本人の名前が「マツモトキヨシ」であっても、全国に住む他の松本清さんや松本潔さんなどの承諾が得られない限り、この「マツモトキヨシ」を含む商標は登録できない、ということですよね。

弁理士須藤

弁理士須藤:その通りです。
しかも、この条文は、人格権の保護が目的なので、以下のような条件があっても、登録はされないことになっています。

  • ×出願人の氏名が著名著名な名前を保護するのが目的ではないため)
  • ×氏名のローマ字表記(普通に読めてしまうため)
  • ×氏と名のスペースをカットした表記普通に読めてしまうため)
  • ×名→氏の順番にした表記一般的な表記であるため)
  • ×デザイン化された文字を使用した表記(識別しやすくする目的でないため)
  • ×氏名以外に文字が付加された表記識別しやすくする目的でないため)
  • ×先に類似の商標権を所持(この場合、「マツモトキヨシ」の文字の商標権があるが、出所の混同をさける目的でないため)

スタッフTさんスタッフN:となると、逆に今回よく権利化できたという方が正しいのかもしれませんね。
一旦は、権利化できないとされたのに、権利化できたのはなぜでしょうか?

弁理士須藤

弁理士須藤:ちょっと難しいですが、以下に特許庁が最終的に出した審決(不服2018-8451)の一部を引用します。

『・・・本願商標の登録出願当時、「マツモトキヨシ」という言語的要素と音楽的要素からなる本願商標に接した需要者、取引者は、本願商標から、ドラッグストアの店名としての「マツモトキヨシ」、企業名としての株式会社マツモトキヨシ、原告又は原告のグループ会社を連想、想起するというべきであり、「マツモトキヨシ」と読まれる「松本清」、「松本潔」、「松本清司」等の人の氏名を連想、想起するものと認められないから、本願商標は一般に人の氏名を指し示すものとして認識されるものとはいえない』

ここで、「マツモトキヨシ」著名であることを前提にしないと、上記のような状況が導けないかもしれませんが、
ポイントは(単に著名であるということではなく)「マツモトキヨシ」と聞いて、結果的に
「マツモトキヨシ」と読まれる「松本清」、「松本潔」、「松本清司」等の人の氏名を連想、想起するものと認められない
ということが理由となっていると思われます。

なぜ、最近は氏名の商標出願が権利化されにくいの???

スタッフTさんスタッフN:うーん、
なんかすっきりしません。
上述したように、以前は、上記条件があっても、もっと簡単に登録されていたのではないでしょうか?
つまり、今は、商標法4条1項8号の条文が以前よりも厳格に解釈されるようになったということですよね?
・・・
法律の条文自体は変わっていないのに、
審査の時期によって「商標登録される/されない」がはっきり分かれてしまっているような気がします。
出願人にとって少し酷なようにも思えてしまいますが・・・

弁理士須藤

弁理士須藤:そうですね。
・・・・
あくまで推測ですが、以前は、氏名を調べるにしても、電話帳だけでした。
しかし、近年では、電話帳に名前を載せない場合も多くインターネットの普及で、
だれでも容易に名前を検索でき、他人の名前に該当しない名前を見つけるのが困難になったこと、
また、個々人にSNSが身近となりだれもが自分の名前で発信可能となったこと、
などで、個々人の人格権の保護をなるべく漏れないようにとの配慮から、最近は審査が厳格になっている可能性があると思います。

スタッフTさんスタッフN:なるほど。
・・・
そうであれば、すでに登録された氏名を含む商標については、登録を無効にしようとすれば、無効にすることもできるということですね。

弁理士須藤

弁理士須藤:そうです。
例えば、
その氏名を持つ人が審判(無効審判)を請求することで無効にすることが可能です。
ただし、登録から5年以内に無効審判を請求する必要があります
(この期間を除斥期間と言います)。
5年を過ぎるまで生じていた権利を無効にすると、
無効にした際に得られる利益よりも不利益のほうが大きくなると考えられることから、
この除斥期間が定められています。

名前について商標権を取るにはどうすればいい?

スタッフTさんスタッフN:では、今後、氏名を利用して商標登録することはもっと難しくなる可能性が高いということがいえますね。
なにか、氏名を利用した商標登録の可能性はないのでしょうか?
私も、お気に入りの洋服やファッション小物にコピー商品が大量で出回ってしまうことは、個人的に残念ですし、
ファッションデザイナーが、自分の名前を商標登録できて、自分のブランドを守ることぐらいはできてもよいように思います。
確かに人の氏名をむやみに商標登録されては困った事になるかもしれませんが、

氏名を利用してブランド確立と保護をしようとする出願人の利益も守っていくために、
上手く折り合いを付けられるような着地点が見つかればいいな、と思います。

弁理士須藤

弁理士須藤:そうですね。
・・・・
氏名ではなく、氏だけ、あるいは名だけといった形なら、上記条文には該当しないので、
今後も登録の可能性は高いと考えます。

例えば、
高田健三のブランドである「KENZO」(第1861720号)は、
以前から名だけをブランド名として使用されています
ですから、
ファッション業界でも必ずしも氏名を必須としないとブランド保護できないわけではないと思います。
ちなみに、
最近では、名だけの商標として、先のブログでお伝えした「鬼滅の刃」「炭治郎」禰豆子などは問題なく登録されています。

スタッフTさんスタッフN:なるほど。
氏だけ、あるいは名だけということがありますね。

弁理士須藤

弁理士須藤近年では、上記の音以外では、動きホログラム色彩位置といった形態に着目して、商標出願が可能となっています。
つまり、いままでよりも商標登録が困難となるような分野もありますが、一方で、いままできなかった種類の商標出願が可能となっています。
ぜひ、そんな新しい商標も利用して、ブランドの確立・保護そして差別化を図ってほしいと思います。

まとめ

「マツモトキヨシ」を例にして、氏名の商標登録の問題を理解してもらうために、
次の点の解説をしてきました。

    • 氏名の商標登録が原則できない理由
    • 氏名の商標登録の状況が最近変化した理由
    • 氏名を活用した商標登録の可能性

もし、わからない部分や疑問点などありましたら、
お気軽にぜひコメントまたはお問い合わせください。

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