【スタッフ視点の知財ブログ(10)】
新年、あけましておめでとうございます。
今年、2020年も、少しでも知財を活用してもらい事業拡大のヒントとなるブログを公開していきたいと考えております。
どうかよろしくお願いします。
さて、お正月といえば、(発行数は年々減少しているようですが)年賀状です。
(もちろん、餅!もありますね。ちなみに、餅に関連した特許のブログはこちら!)
家庭で年賀状を印刷する際にお世話になるのはやはり、インクジェット型のプリンターですね。
プリンター自身は、基本的に特許でその技術が保護されています。
しかし、近年はそのプリンターのある部分に変わった商標がつけられているようです。
そこで今回は、
プリンターなどの装置の一部でよく取引される部材を効果的に保護するために、商標権の積極使用を検討している方に参考となるように、
実際にこの年末にプリンターを購入したスタッフTさんにその商標に印象を報告してもらい、それに基づいて、そのプリンターにおける商標取得状況と商標権の本来的な特徴・可能性について説明していきます。
これを読むことで、商標権の本来的な特徴・可能性を、以下の項目
- なぜ、インクに商標権が取得されているのか?
- 第3者によるインクの販売は制限できるのか?
- どうしたら、純正インクの販売を拡大できるのか?
を通して理解できるようになります。
少しでも知財の力を活用していただければ幸いです。
プリンターの意外な部分に変わった商標を発見!!
スタッフTです。
2020年の幕開けですね。
今年の年賀状の印刷のため、当家では昨年末インクジェット型のプリンターを新調してみました。
思い切って以前使っていたプリンターとは違うメーカーさんのものにしてみたのですが、
インク売り場に足を踏み入れたところ驚いたことが。
そのメーカーさん、セイコーエプソン株式会社さん(以下、単にエプソンと称します)のプリンターのインクには、
何故か「クツ」、「ハサミ」、「ハーモニカ」…など、
インクとは関係のない品物の名前が記されているんです!
どうして「クツ」?どうして「ハサミ」?
と首を傾げる私に
家人曰く、「アルファベットや数字が組み合わさった単純な型番よりも、こちらの方が直感的に分かり易い目印になるのでは?」とのこと。
なるほど、確かに「ABC-123」などという型番よりも、
「ハサミのインク!」「ハーモニカのインク!」の方が覚えやすく、子供やお年寄りが購入する際にも親切です。
些細なことかもしれませんが、
メーカーさんはこういった付属品の名称一つとっても色々と考えているのだな、
と感心させられました。
ところで、この「クツ」「ハサミ」という名称について、インクの箱を見ていて二度びっくり。
なんとこの「クツ」「ハサミ」などの名前には、
「®」マークがついているのです!
つまり、こちらの名称はエプソンの登録商標であるということ。
誰もが使う必要のある一般的な名称は商標にできない…
というイメージがあるのですが、
商標を付す商品の選定によっては、こういった登録をすることもできるようです。
面白いですよね。
商標権によるプリンターのインクの保護の可能性についての説明
なぜ、インクに商標権が取得されているのか?
弁理士須藤:まず、商品「インク」に「クツ」などのネーミングを付けることは可能です。
以前にも言ったけど、商品「コンピュータ」に「アップル」が付けられることと同じで、
この組み合わせ自体は、一般的でなく、この組み合わせで誰の商品か見分けられる(これを自他商品識別力といいます)から商標権が取得できるという理論になります。
勿論、商品「サンダル」に「クツ」をつけることは、消費者が商品を間違える(これを品質誤認といいます)可能性が出てくるので、NGで、
商品「クツ」について、「クツ」は普通名称なので、当然に商標権を取得することはできないよね。
さて、私もエプソンのプリンターを使用して、毎年年賀状を印刷している。
けど、インクにそのような名前がついて、更に商標まで取得されているとは気が付かなかったよ。
エプソンだと、プリンターの機種、例えばカラリオ(登録番号5025380他、ただしエプソン販売株式会社が取得)といったネーミングには商標権が取得されているとは思っていたけどね。
・・・・
調べてみると、Tさんが紹介したプリンターでは、以下の紫色の丸の部分だけでなく、赤色と茶色の丸の部分についても、商標権が取得されているようだね。
スタッフT:えっー。
こんなに商標権が取得されているですか・・・驚きです。
でも、なぜ、インクに、商標権が取得されているのですか?
どういった意味があるのでしょうか?
弁理士須藤:それは、プリンターとは切り離して、インクが単独に販売されるからなんだ。
実際にインク売り場で見てきてわかるように、プリンターがエプソン製であっても、そのプリンターに使用するインクはエプソン製の純正インクだけでなく、他のインクメーカー製の互換性のあるインクでもいいんだよ。
わかりやすい例でいえば、車がトヨタ製でも、タイヤは形があえば、どのメーカーのものでよいというのに似ているかな。
ただ、プリンターは、エプソンのほかにもプリンターメーカー(例えば、キャノン株式会社など)があり、インクを入れるタンクの形状がプリンターとその機種ごとに異なっている場合が多い。
このため、他のインクメーカーは、エプソンのどのプリンターに対応するインクであるかを正確に表示する必要があるんだ。
そこで、エプソンは、自社のプリンターに使用されるのは、自社のインクだけにしてほしいので、商標権を取得して自分のプリンターのインクの名前を他のインクメーカーに勝手に使用されないようにしているんだよ。
スタッフT:なるほど。
そうでしたか。
でも、エプソンと互換のインクを販売する他のインクメーカーも大変ですね。
プリンター毎に異なるタンクを用意して、それにインクを詰めて販売するのでしょうが、
例えば、元のメーカーであるエプソンよりも安く販売しなければ商売が成り立たないのですから。
弁理士須藤:うーん。
そう大変でないから、他のインクメーカーが存在できているだよ。
たとえば、他のインクメーカーは、エプソンのインクのタンクをリサイクルして、インクを補充して販売している。
このために、他のインクメーカーは、エプソンのようにタンクを作らなくても、まったく同一のタンクを容易に安く用意することができる。
なお、仮にそのタンクにエプソンの特許権があっても、インクを補充するという行為がその特許権を侵害しない
という裁判例がでている。
このため、他のインクメーカーは堂々とエプソンが作ったタンクをリサイクルして商売しているんだよ。
こんな事情から、エプソンは、今度は商標権を活用して他のインクメーカーのインクの販売をなんとか制限しようとしているというのが実情だと思う。
第三者によるインクの販売は制限できるか?
スタッフT:なるほど。
じゃ、インクに対して商標権を取ることで他のインクメーカーによるインクの販売は防げるのでしょうか?
・・・
と聞いていて、おかしな話ですが、
あの実際のインク売り場の状況を思い出すと、現時点では、他のインクメーカーによるインクの販売に対してはあまり効果がないと感じました。
なぜでしょうか ?
弁理士須藤:それは、単に機能や内容を説明するような普通の表示方法は、商標権を侵害しないことが商標法に規定されているからなんだよ。
たとえば、他のインクメーカーの商品の表面に、
エプソンの黒いクツ対応
と書いてあっても、普通に内容を説明する文章と考えられるので、「クツ」の商標権の侵害にはならないということなんだ。
スタッフT:じゃあ、エプソンが「クツ対応」といった商標を取得した場合には、どうなりますか?。
他のインクメーカは「クツ対応」のネーミングは使用できず、ある程度はインクの販売を防げるではないですか?
弁理士須藤:・・・・
実際は、ほとんど効果が期待できないと思う。
「クツ対応」といった言葉をネーミングとして使用することができないだけで、
「クツ」のインクに対応することを説明するような標記としてしまえば、商標権侵害にはならないからね。
分かり易く書くと、
「クツに対応」するインク
というように標記するだけで、商標権の侵害を回避できてしまうと思う。
なお、エプソンでは、他のインクメーカーのインクの販売を制限しようとして、以下の表(商標出願の状況を示す表)に示すように、商標出願のやり方をいろいろ試行錯誤していることがわかる(特許庁の特許情報プラットフォーム(J-Plat-Pat)(https://www.j-platpat.inpit.go.jp/t0100)による調査結果)。
出願するスジの良否はどうであれ、担当者の苦労がにじみ出てくるような出願状況だと感じました。
なお、実際に、Tさんがいったような商標権の取得は、以下の表に示すように、過去エプソンによってなされている。しかし、そのような商標権の取得では、やはり実際に効果がないと分かったせいか、最近ではそのような出願がなされていないようだね。
2013年-2014年 | 各プリンタ―で使用されるすべてのインクの型番について商標出願 (例、IC6CL70,ICBK70,IC6CL50,ICBK50) |
2014年 | インクの型番のうち、各プリンターで共通する部分の商標出願 (例、IC6CL,ICBK) |
2014年-2016年 | インクの名称の商標出願 (例、ヨット,リコーダ,クツ) |
2014年-2016年 | インクの型番のうち、各プリンターで共通する部分の商標出願 (例、KSU,HSM) |
2014年-2017年 | インクの名称に対応する画像について商標出願 (例、ヨット,リコーダ,クツの画像) |
2016年 | インクの型番および名称に類似する商標出願 (例、ヨット対応、ヨットインク対応,ヨットインク用,YTH用,YTH対応) |
どうしたら、純正インクの販売を拡大できるのか?
スタッフT:じゃ、商標権では、他はインクメーカーのインクの販売を制限し、純正インクの販売を拡大できないのでしょうか?
弁理士須藤:そうだね。
結論からいうと、それはかなり難しいだろうね。
・・・
ただ、エプソンのインクを買わずに、他のインクメーカーのインクを買う主な理由は、価格が安いことにあるはず(例えば、ICBK50純正品に比べてその互換品の値段は半値以下(2020年1月17日時点))。
このため、エプソンが自社のインクをもっと買ってもらうための打つ手の方向は決まってくるんだよ。
スタッフT:それは一体、どんな手なのですか?
弁理士須藤:それは、以下の2点について検討し実行することになると思うよ。
- インクに付加価値をつけること。
- インクを安くすること。
でも、これらは、すでにエプソンで実行されているんだよ。
1つめのインクに付加価値をつけることとして、
エプソンは純正インクを「つよインク」(登録番号5025380他、ただしエプソン販売株式会社が取得)とネーミングしてブランド化している。
特徴として、純正インクとして紫外線に強いことなどがあり、以前から他のインクメーカーのインクに比べて色あせしにくいことを謳っている。
ただ、個人的に思うのは、画像はデジタルデータで保存できるので、印刷したものにそれほど耐久性が求められるニーズがあるかのかはちょっと疑問があるね。
2つめのインクを安くすることとして、
最近、エプソンは、ご存じのように、インクをタンクごと交換するのではなく、タンクをプリンターに固定し、インクを補給するプリンターを販売している。
これにより、タンクの部分で生じる価格差を低減しているといえるね。
実際に、エプソンのHPでは、インクを補給するタイプでは、タンクを交換するタイプに比べて、コストパフォーマンスが良くなることを記載している。
個人的には、インクは安いに越したことはないけれど、良いものを作った人・企業は相応に儲かってほしいと思う。
そのようなサイクルがあることで、また新しいもの、役に立つものを作る意欲につながるからね。
まとめ
商標権によるプリンターのインクの保護の可能性について以下のように説明してきました。
- なぜ、インクに商標権が取得されているのか?
インクが単独に商取引されるので、そのネーミングを勝手に使用されないため。 - 第三者によるインクの販売は制限できるのか?
基本的に困難。
理由は、商標権のあるネーミングを用いても、インクの内容の説明する文言と考えることができるため。 - どうしたら純正インクの販売を拡大できるのか?
原因は、互換性インクとの価格差。
インクの付加価値向上とインクの低価格化がカギ。
もし、わからない部分や疑問点などありましたら、お気軽にぜひコメントまたはお問い合わせくださいね。
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